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霧の王



ズザンネ・ゲルドム著 東京創元社 刊

無数に部屋がある広大な館。調理場の下働きをしているサリーは、館で生まれ育った孤児で、外の世界を知らない。ただ一つの楽しみは、図書室の司書ウールが進めてくれる本を読むこと。しかし、ある日怪我をした召使の代わりに侍従主催の晩さん会で給仕をしてから、館の隠された面が見えてくる。殺し合いで終わるカードゲーム、地下に棲む謎の少年、鴉のような医師、狼の紋章。サリーは徐々に館の秘密に近づいていくが…。

本を読むごとに世界の見え方が変わってくる。新しい視点で物事を見ることで、世界に陰影が付いて行って玉ねぎの皮が剥けるように新しい内側が見えてきて、最後に最奥に辿りつく。世界が広がっていくというよりも、自分の内側を発見していく感じ。最後の最後に敵と対峙しうるのは、自分自身だけ。無限の広がりをもった館が舞台なんですが、読み終わってみると館の広さよりも、本当はとても狭い世界だったということが印象に残る。その分、最後の世界の広がりと、彼らが旅立っていく未来の清々しさが際立つのですが。

本の内容は一貫して、一つの歴史を語るもの。かつて龍の一族が叡智をもって治めていた世界。最後の龍の養い子となった狼の王バルトは邪悪な力で世界を支配しようとし、人々を苦しめたが、同じように古い一族出身の猫の女王に滅ぼされた。本の中で変わっていくのは、霧の王がどんな人間だったかということ。ある本では最初から邪悪な人間として描かれ、ある本では最初は理想に燃え、同じように世界を救いたいと願っていた古い一族出身の若者、猫の女王と鴉と共に旅をした青年として描かれる。その全てが本当で、彼ら3人の間にかつては友情が、やがて愛情の縺れがあったことが示唆されているのだけれど、その詳細が描かれることはありません。

そのあたりが寓話的であり、ドイツファンタジーらしいと感じたところ。曖昧にぼかされている分想像の余地が広がるので、読んだ人の数だけ、彼らの物語が作られていくのだと思います。ただ、本が持つ力、というのが思っていたよりは小さくて、そこが少し物足りなかった。表紙の絵、章ごとに入る内容を示唆する挿画が共に絶品。一気に読み進めるよりも、1章ごとに挿画を味わいながら読み進めたい作品。
by yamanochika | 2013-02-11 00:37 | SF・FT
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