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緑衣の女

アーナルデュル・インドリダソン著 東京創元社刊

住宅建設地で見つかった人間の肋骨の骨。周辺の様子から見て埋められたのは数十年前の事だと分かる。その頃ここにはサマーハウスがあり、周辺にはアメリカ軍やイギリス軍のバラックもあったらしい。さんざしの木陰に現れる謎の緑衣の女の影。捜査官エーレンデュルは数十年間埋もれていた悲惨な出来事を解き明かしていくが…。

日本よりも小さな島国、殺人事件も年に2,3回あるかどうかというアイスランドを舞台にしたミステリ。殺人事件があまりない国で、どうやってミステリを書くのか、という一つの答えがここにあります。エーレンデュルがいう、この国ではフィヨルドに消えた人が多い。天候が崩れると注意されたのにフィヨルドに行くと言って出かけ、そのまま戻ってこなかった人たち。彼等は行方不明になったのか、それとも本当は…?

捜査官であるエーレンデュルは、自身の家族に問題を抱えながら事件捜査にまい進していく。現在の事件と並行して語られるのはどこかの都市で夫の執拗な暴力に晒されるある「母親」の物語。この作品では女性に加えられる家庭内の暴力について残酷な位詳細に語られており、暴力と暴言によって「母親」が人間というよりモノとして生きている姿が痛々しい。

その家族の物語が今から数十年前のものだというのはすぐに明かされており、エーレンデュルが発掘している遺体との「母親」を中心とした家族の物語がどこで交わるのかが話の根幹になってくる。もっとも遺体が誰のものか、かつて何が起きたのかという事よりも「母親」が夫に対し顔を上げて凛とした姿を見せられるようになった時、そして「母親」として名前すら取り上げられていた女性の名前が初めて明かされた事。人間は何によって尊厳を得るのかという事が一番のテーマとなっているように思います。

エーレンデュルが意識不明のままの娘に語る家族の歴史。夫もまた酷い暴力に晒されていた子供だという事実。暴力の連鎖、家族の崩壊がまた次世代にまで続いていく。それを断ち切る事も出来るのだという、ほのかな明るさで物語は終わる。エヴァ・リンドが目覚めた後、どのような話をするのか。それを見てみたい。
by yamanochika | 2013-11-14 01:26 | 海外ミステリ
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