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パワー 西のはての年代記3

アーシュラ・K・ル・グウィン著 河出書房新社刊

都市国家の一つエトラに住む少年ガヴィア。幼い頃に姉と共に人狩りにあいアルカマンドの館に暮らすガヴィアは館の方針で高い教育を受ける事が出来、主人の指示に従って生きる生き方に疑問をもったことは無かった。しかし大切な人の死とともに、彼の世界は一変する…


西のはてに広がる各地を舞台にした物語、今回は奴隷制で成り立っている都市国家群の話。ギリシアの都市国家を思わせる場所で、寛大な主人の下で奴隷として生きることは、ある人々にとっては幸せな事だ、という言葉通りに生きてきた少年ガヴィア。しかし奴隷であるということは、主人の意志に従って生きて行かなくてはならなということで、その悲哀を味わった少年は都市から外に出て行く。


最初は幼い頃のガヴィアの生活が、その後は外でガヴィアがあった人達との生活が語られていくんだけれど、奴隷制から逃げだし、逃亡奴隷が作った都市で結局は専制政治が行われているという矛盾。寛大な主人が治める館と同じ事になっているのが悲しい。中でも女性に対する扱いは主人達も元奴隷達も同じ。その矛盾や対比が淡々と示されていて考え込んでしまう。力を振るわれた事ではなく、力を振るって信頼を裏切られた事が悲しい、というガヴィアの真情が切々と心にしみいってくる。これは奴隷と主人とか、そういう事と関係なく人間関係の基本ですよね。信頼して行動したなら信頼で返して欲しい。上手く行かない事も多いですけれど。

そしてガヴィアが奴隷として育った事の悲哀を一番感じたのが、彼が生まれ故郷である水郷に戻った時。東南アジアを思わせる場所で、ついに姉以外の血縁者に巡り会ったガヴィア。しかし自分が彼らにとっては異邦人であり、自分にとってここが異邦にしかならない事を悟る。お互いに愛情があっても、風習の違いを乗り越えるのは難しい。ガヴィアは単に攫われて奴隷として過ごしただけではなく、故郷で育ったなら当然あったはずのもの全てが盗まれてしまった。それが切ない。

最後の旅で、重大な責任を負うことでガヴィアは成長していく。全体を通してみれば少年が旅を重ねて成長していく話なんですけれど、自分より幼いもの、自分より弱いものを守ることで環が一巡りしてまた一つ上の段階へ登っていくという感じです。最後の最後に、第1部、第2部の主人公が出てくるのも嬉しい。特に、最初の話で自分の<ギフト>について悩んでいたオレックが、今は人々の救いになっているというのが。
by yamanochika | 2009-03-07 11:57 | 児童文学
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