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目くらましの道 上・下

ヘニング・マンケル著 創元推理文庫刊

菜の花畑に入り込んで動こうとしない少女をどうにかして欲しい。そんな一本の通報が平和な夏の終わりの始まりだった。ヴァランダーの目の前で自ら灯油をかぶり、火をつけて命をたった少女。何が彼女をそこまでの絶望に追いやったのか。更に、元法務大臣が殺害され頭皮を剥がれるという凶悪犯罪が発生。やがて連続殺人の相を帯びてきて、ヴァランダー達は猟奇殺人犯の捜査に挑むのだが…。

クルト・ヴァランダー警部シリーズ5作目にしてCWA賞を受賞した作品。珍しい位晴天の続く気持ちのいい夏の日に、猟奇殺人に追われるヴァランダー達。これまではスウェーデンで行われる事がなかった種類の事件が入り込んでくる。これまでも何度も作中で投げかけられた疑問だが、一体何が起こってこの国はこれだけ変わってしまったのか。ヴァランダーの嘆きは尽きない。

犯人の存在や犯行は、名前は伏せられたまま読者には提示されいて、ヴァランダー達の捜査と並行して犯人の行動が語られていく。並行して語られる事によって試行錯誤しながら地道な捜査を続けて犯人に近づいていくヴァランダーの行動が徐々に犯人を追い詰めていく様が伝わってきて、後半に行くにつれて緊迫感が高まっていく。

最後に、ヴァランダーが無意識のうちに避けていた道。隠されて歩いていた目隠しの道が明かされて、あっと驚くことになるんですが、大半の読者はヴァランダーがそこに行きつく少し前には犯人の正体に気付けるようになっているので、ここでようやく真相が明かされたことにかなりのカタルシスを感じられるんですよね。これまでの4作と比べても、真相の明かし方、見せ場の作り方が上手いと感じた。

同時に、これまでの作品でもそうでしたが作中ではスウェーデンの暗部、問題点が大きく浮かび上がってきている。声高に主張されることはないけれど、描写が抑えめに、けれど被害者の受けた傷がどれだけ大きなものだったかが冒頭ではっきりと示されている事で、かえって事の重さが伝わってきた。これがこの犯人の特殊な例だったとなってしまうのか、というヴァランダーの憂鬱。これだけの事があっても現実は何も変わらないという事実がより一層辛い。一人一人が善意を持って、行動するしかないのかな。

今作ではヴァランダーの父親がアルツハイマー症を発症し、父との関係に振り回されていたヴァランダーはまた苦悩するのですけれど、そういった普通の生活を送っているヴァランダーの生活もまた作品に現実味を加えているように思う。
by yamanochika | 2011-03-10 01:48 | 海外ミステリ
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