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獣の奏者

上橋 菜穂子著 講談社刊

文庫で1.闘蛇編 2.王獣編 3.探求編 4.完結編 一気読み

1,2は少女時代の3、4では大人になり子供を生んで母となったエリンを主人公に物語が綴られていく。

少女時代も、大人になってからもエリンは王獣について知りたいという知識欲と、人間に音なし笛で支配される彼らを解放したい、政治の道具として使われるくびきから解放したいという願いで突き動かされていくが、皮肉な事に彼女が王獣と意思の疎通を深めることに、エリンも王獣も王国を取り巻く政治の動きにがんじがらめにされていく。

少女時代のエリンは、母の一族が定めた掟と遠い昔におきた惨劇を知ってなお、真相を知らせようとしないで人を罪の意識で縛りつけるやり方に憤慨し、仲間を助ける為、そしてかつて何が起きたかをヨジェ伝える為に王都へ赴く。その潔癖といえるほどの凛とした少女の佇まいと、人間とは違う、どれだけ意思の疎通が図れても根本的な所では相容れる事のない生き物として書かれていたリランとの間に確かに通う情愛。それが1,2巻のクライマックスです。

私はこの、人間と王獣の絆を掻きながら、けして王獣が擬人化されることなく、何かに驚いたり怒りに我を忘れればリランは罪悪感なくエリンの事も噛み砕くし、それは本性として仕方がない事なのだという書かれ方がとても好きで、だからこそリランの行動に驚きもしたしエリンの苦労が報われたような気がしたのだけれど、この物語の真骨頂はやはりエリンが成人して子をもうけてからの3,4巻にあると思います。

母親となって、護るべきものが増えたエリンが、子供に伝えようとすること。人間の一生は短く、一人の人間が出来ることは少ない。けれど人間には言葉があって、自分が知ったことを後の人に伝えていくことが出来る。そうやって松明を渡していくことで、知識が増え出来ることが増えていくのだと。今はまだわからなくてもいい、子供を子供扱いせずエリンが伝えていく言葉、その一つ一つに重みがある。

思えば子供の頃からエリンの行動する動機の一つには、まだ分らないことを解き明かしたい、そしてそれを伝えて行きたいという願いがあったように思います。どれだけ怖ろしい災害が起きるとしても、何故、何が起きるかわからないままではいられない。自分の死期を悟りながら、何が起きるか知っていても、それでも自分はやはりこの道を辿らずにはいられなかっただろうと思うエリン。

その思いの強さに心を突かれました。どれだけ怖ろしい災害が起きるとしても、何故それが、どのようにして起きるのかも一緒に知らせなければ人を目隠ししたまま縛りつけているのと同じ。エリンの知識への欲望の根源はひとえにここに尽きるのではないかと思います。

とにかく力強い圧倒的な物語。
by yamanochika | 2014-07-08 23:33 | SF・FT
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