人気ブログランキング | 話題のタグを見る

蜘蛛の巣 上・下

ピーター・トレメイン著。甲斐萬里江訳。創元推理文庫刊。

7世紀のアイルランドを舞台に、ブレホン法の高位のドーリー(法廷弁護士)であり、マンスター王の妹である修道女フィデルマの活躍するシリーズ。日本での初紹介になります。

アラグリンの谷で、族長のエベルが殺害された。容疑者は既に逮捕され自明の事件に見えたが、事件の正式な裁判を求められ派遣されたフィデルマは納得できないものを感じる。はたして、谷では家畜強奪の被害が相次いでおり、彼女の捜索とともに、不審な殺人が発生。やがて谷で起きていた暴虐な事実が明らかに…。

訳者の解説にも書かれているが、何より驚いたのは7世紀のアイルランドに成立していたブレホン法の存在。成文法として、これほど多岐に渡って、弱者の救済、被害者への弁償を基本にした法律が作られ、運用されていた社会が存在していたとは。当時のアイルランドでは男性同様、高位の社会地位についていた女性がたくさんおり、作中のフィデルマの存在が決して絵空事では無いというのも驚き。

ブレホン法は12世紀以降イングランドの侵攻と共に、衰退し、消滅していったそうですが、何とも勿体ないことをしたものです。

作者の本業は、アイルランド文化・ケルト文化の研究の第一人者だそうで、アイルランド文化の描写は大変正確に再現されているとか。馴染みない世界のため、その世界に馴染むのに少々時間がかかりますが、馴染んでしまえば7世紀のアイルランドの風俗、歴史の描写がすごく楽しい。推理の方も、フィデルマの理路整然とした謎解きは見事。何より歴史物として楽しめるのが嬉しい。

しかし、この間読んだ小説の14世紀のイングランドはげんなりする位汚かったんだけど、アイルランド文化は大分違います。夕食を食べる前に湯浴みをする習慣があるし。清潔が文化を図るバロメーターになるならアイルランドに一票投じたいところです。
by yamanochika | 2006-10-31 02:02 | 海外ミステリ
<< 風の王国 豪放ライラック 他 >>