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マルドゥック・スクランブル 圧縮・燃焼・排気

冲方 丁著。ハヤカワJA文庫刊

前に「ライラの冒険」本を出していた人が、「サブリエル」と共に少女と小動物のコンビとして勧めていたのがこの小説。ライラもサブリエルも大好きなので、ここまで好みが一致するなら面白かろうと手を出してみましたが、大当たりでした。

自分の意志を殻に押し込めることで生き延びてきた少女ルーン・バロットが、死に瀕して初めて「生き延びたい」と強く願う。マルドゥック市のスクランブル0-9という法律によって、事件の犯人を告発する証人として、0-9捜査員であるドクター・イースターと万能道具、知性あるネズミ、ウフコックによって命を救われたバロット。声を失い、皮膚の代わりに電子干渉を行える人工皮膚を得たバロットの前に、彼女を殺害しようとしたシェルと、彼に雇われたもう一人の0-9捜査員、かつてウフコックのパートナーだったボイルドが立ちはだかる。

基本的には彼女が自己を発見するまでの成長の物語であり、少女が生きていくことを学ぶお話なのですが、生き延びる為にまず彼女は戦わなくてはならない。それは直接的な戦闘による命のやり取りであったり、中盤以降丸々1冊のボリュームを割かれたカジノでのやり取りでもある。その中で書かれるバロットの成長、そして彼女の命を救い、共に戦うパートナーとなるウフコックとの絆が素晴らしい。

バロットが、ウフコックに対してルール違反を犯すことによって、そのルールは消して破ってはいけないものだと悟る場面や、始まりは「何故私なの?」という疑問から行動したバロットが、やがて「自分がこうしたい」に変化していく所、少女の初々しさと成長ぶりにやられた。作中、彼女が人魚姫に例えられる場面があるのですが、純粋さと強い心、そしてそれ故の鮮烈な美しさが作品を通したバロットの印象です。

カジノの場面は、まさに人魚姫が足の痛みを堪えながら、真実を知るために王子の元を訪れる場面のよう。人生を知り尽くした老スピナーとのルーレット勝負、アシュレイとのブラックジャックといい勝負を乗り越えていくごとに、一人分の人生ドラマを見ているようで大興奮しました。それまでは補助的役割だったドクター・イースターもいい味出してて良かったなあ。

人に裏切られても人を信頼することを止めないウフコック。ウフコックはかつての軍事機密として、廃棄されない為に常に自分の有用性を示さなくてはならないのですが、自分が人に必要とされる存在である、と確認しながら生きていくことは、誰にとっても人生の目的となるのかもしれません。だからこそ、自分の存在意義を求めて生きているバロットとウフコックの物語にこれだけ共感出来るのでしょう。

手袋にターンしたウフコックが手袋を脱ぎ捨てたバロットに、「捨てられるのかと思った」と拗ねてみせるところ、バロットがウフコックに「愛されたいと思ったことは何度もあったけれど、愛したのはあなただけ」とキスする場面は胸がきゅんとしました。いやもうこれ以上の愛の場面は無いと思った。

バロットが、ウフコックとの絆によって純粋さと希望を失わずに生きていくのとはと対照的に、良心を捨て、虚無に落ちていったウフコックのかつての相棒、ボイルド。
立ち位置として、バロットと反対の場所にいる彼とバロットは作中を通じて何度も戦うのですが、その最初の戦いと最後の戦いとの違いがバロットの成長を表していて感慨深い。

アニメになって動いたら面白いだろうと思っていたら、既にアニメ化企画があって、中止になったんだそうです。残念。
by yamanochika | 2008-03-21 01:39 | SF・FT
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